筆は立てるか否か  —直筆と側筆—

目次

 基本的な書き方で紹介してきた執筆法は、あくまで基本にすぎません。

 まだ他にもさまざまな用法があります。必須ではありませんが、身に着けておくとより表現豊かな書を書くことができます。

筆は立てるべき?寝かせるべき?

 おそらくほとんどの方が、筆で字を書く時は筆を垂直に立てて書きなさいと教わったことだと思います。「筆に慣れよう」の記事でも筆は垂直に立てたまま書き、筆は寝かせないように意識しましょうと説明しました。

 しかし、実は筆を寝かせて書く方法も正式にあるのです。筆を垂直に立てて書くことを直筆ちょくひつといい、筆を寝かせて書くことを側筆そくひつといいます。

 では、なぜ筆を立てて書かなければならないのかを知っていますか。その理由を説明するためには、直筆と側筆の違いについて学んでおく必要があります。

直筆(ちょくひつ)とは

 筆を立てて書くことを直筆といいます。直筆では筆の毛を紙面に対してほぼ垂直に立てて書きます。そうすることで、穂先は常に線の中央を通ります。(このことを中鋒ちゅうほうといいます。)

 そのため、筆に加えた力が偏ることなく伝わり、墨も均等に行きわたることで線の両側はまっすぐで綺麗な線になります。書いた線は細くなりますが、芯のある引き締まった線を書くことができます。

側筆(そくひつ)とは

 直筆に対して筆を寝かせて書くことを側筆といいます。側筆では筆を右や手前に傾け、毛の側面(腹)を用いて書いていきます。

 側筆では毛の根元の部分も使って書くため、書かれた線は少しでこぼこしたりかすれたりします。穂全体を使うことで紙に触れる筆の面積が大きくなり、太い線を書くことができます。直筆に比べると変化のある線を書くことができます。

 古典では、褚遂良の書に側筆が見られます。

俯仰法(ふぎょうほう)とは

 直筆、側筆の他に俯仰法ふぎょうほうという書き方もあります。

 俯仰法とは、筆の進む方向に筆の軸を倒して書く書き方です。直筆や側筆では手首をほぼ固定して書くので筆は立てたまま、あるいは寝かせたままですが、俯仰方では書いている途中で360度あらゆる方向に筆が傾きます。

 例えば、右に進むときは右に筆を倒し(手の平は仰ぐ)、左に進むときは左に筆を倒します(手の平は伏せる)。つまり、書いている途中で手の平が上を向いたり下を向いたりする筆遣いが俯仰法です。

 複雑ですが変化に富んだ線を書くことができます。俯仰法で書こうとするとどうしても手首だけを使って書いてしまいがちになるので、初心者の方がいきなり俯仰法を用いるのはあまりおすすめしません。ある程度書の基本を身に身に付けた上で、様々な表現方法を学ぶついでに試してみましょう。

直筆と側筆 どっちがいいの?

 以上のように、筆を寝かせて書く方法は決して間違いではないのです。ですが、直筆の特徴にもあるように、綺麗な線を書くには直筆で書く方が向いています。したがって、綺麗な字を書くことを目的とした習字や書写では直筆が推奨され、それが一般的になったのだと考えられます。

 書体に変化を出したいときや、味を出したいときには側筆を用いてみてはいかがでしょうか。ただ、むやみに側筆を用いて書いた作品はどうしてもつまらなくなってしまいます。古代の有名な書家たちも、直筆と側筆を使い分けていました。

 大切なのは筆を寝かせるか否かではなく、なぜ筆を立てるのか、なぜ筆を寝かせるのかをきちんと理解しておくことです。楷書や隷書、細めの線を書く時は直筆、草書や行書、太めの線を書く時は側筆というように、状況によって直筆と側筆を使い分けることが大切です。