中国の有名な書家たち

目次

有名な書道家は?

 古代中国には、今日の書道を確立させた偉大な書家たちが数多くいます。漢字の書道を極めたい方なら最低限知っておきたい書家たちを紹介します。なお、書写検定には書道の歴史や書家に関する知識問題もあるので、受験を考えている方は覚えましょう。

王羲之(おうぎし 303~361年)

 王羲之は六朝時代(222~589年)の書家です。おそらく書を学ぶ者が誰しも通る道がこの王羲之です。王羲之は書の芸術性を確立させた存在として書聖と称されました。最も優れていると考えられるものは行書で書かれた『蘭亭叙』という作品です。

 王羲之が書いたものは書の最高峰とも言われますが、その書風の特徴はあまりありません。強いて挙げるならバランスがいい普通の字であるという点です。実は、この特徴が無いということ自体が特徴であり、王羲之が今日も書聖として敬われる理由です。

 今日私たちが書の作品や文字を見て「美しい」と思う心は、実は王羲之によって作り上げられたのです。王羲之が書いた文字こそが現代の漢字の基本であり、漢字の美しさを捉える基準となっているのです。私たちは、無意識のうちに王羲之の書を普通だと思って学んでいるのです。

 王羲之の書風は唐代を経て、現代に至るまで根強く残っています。それだけ王羲之の存在は書道界へ大きな影響を与えました。

王羲之の代表作
  • 行書……『蘭亭叙』(らんていじょ)『集王聖教序』(しゅうおうしょうぎょうじょ)
  • 草書……『十七帖』(じゅうしちじょう)
  • 楷書……『楽毅論』(がっきろん)

太宗と初唐の三大家

太宗
太宗

 初唐の三大家とは、中国の初唐時代(618~712年)に活躍した三人の書家の総称です。

 唐の時代(618~907年)は文学や美術、書道といった様々な文化が発展した時代です。特に二代目皇帝である太宗は書への関心が非常に強く、王羲之の書を愛好していました。この太宗の下に集まった臣下にも多くの書の名人がいました。中でも欧陽詢(おうようじゅん 557~641年)、虞世南(ぐせいなん 558~638年)、褚遂良(ちょすいりょう 596~658年)の三人は今日の楷書を完成させた人物であり、初唐の三大家と呼ばれています。この三人は楷書を完成させながらも、それぞれ個性を出した書を書きました。彼らの活躍によって篆書、隷書、草書、行書、楷書の五つの書体全てが完成しました。

この時代の代表作(すべて楷書)
  • 太宗……『温泉銘』(おんせんめい)
  • 欧陽詢……『九成宮醴泉銘』(きゅうせいきゅうれいせんめい)
  • 虞世南……『孔子廟堂碑』(こうしびょうどうひ)
  • 褚遂良……『雁塔聖教序』(がんとうしょうぎょうじょ)

顔真卿(がんしんけい 709~785年)

顔真卿
顔真卿

 長らく王羲之が書聖として称賛され、王羲之風の書が主流となっていましたが、やがてこれに異を唱える者が出てきました。それが顔真卿です。顔真卿は中唐時代(766年~835年)の政治家です。初唐の三大家に顔真卿を加えて、唐の四大家ということもあります。

 王羲之風の書が均整で上品に書くのに対し、顔真卿の書はより素朴で太く力強く書きます。さらに、顔真卿は筆の穂の形を書かれた線の中に隠すという技法(蔵鋒)を確立しました。顔真卿はこれまでの書には見られない新たな書風を打ち立てたとして、王羲之に並ぶ書の第一人者と言われますが、同時に書の破壊者であるという評価も与えられています。

 顔真卿の書風は日本にも大きな影響を与えました。別名弘法大使と呼ばれた空海も、顔真卿の影響を受けています。これは空海が遣唐使として唐に入ったころ、当時の唐の文人が王羲之を否定して顔真卿を称賛していたためであると考えられています。

 また、今日も使われる明朝体という活字は顔真卿の書風を基に作られたものであり、現代にも顔真卿の影響は残っています。

顔真卿の代表作
  • 行書……『祭姪文稿』(さいてつぶんこう)
  • 楷書……『多宝塔碑』(たほうとうひ)『顔勤礼碑』(がんきんれいひ)